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倉敷・玉島の「三丁目の夕日」水門、解体へ-地元住民がお別れ会

感謝のメッセージをチョークで書きつづる玉島の子どもたち

感謝のメッセージをチョークで書きつづる玉島の子どもたち

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 年内の解体が決まっている倉敷・玉島の港水門(倉敷市玉島中央)で8月26日、地元住民による「港水門お別れの会」が開かれた。

「ALWAYS 三丁目の夕日」撮影ロケに使われた「港水門」

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 1948(昭和23)年に完成した同水門。昭和の香りを残す風景として地元住民に愛され、2005年公開の映画「ALWAYS 三丁目の夕日」の撮影でも使われた。映画では、淳之介(須賀健太さん)と一平(小清水一揮さん)が、淳之介の母親に会いに高円寺まで行った帰り、電車賃がなく泣きべそをかくシーンで、二人がこの水門の橋に座り込む。

 同水門の150メートル下流には新水門が1995年に完成。水門としての役目は終えていた。保存を求める声もあったが、コンクリートや鉄筋の老朽化が激しいこと、増水時に水の流れを妨げ新水門の機能を低下させることから解体が決まった。

 「お別れの会」を企画したのは地元商店街の有志でつくる「玉島みなと若旦那会」。別所美治会長は「小さいころよく釣りをしたので強い思い入れがある。当時は水もきれいでカレイ、ハゼ、チヌ、セイゴ、ママカリなどがたくさん釣れた。自分の上の世代は『度胸試し』に水門の上から飛び降りて遊んだと聞いている。この水門があったことを代々伝えていきたい」と話す。

 この日は玉島商業高校生徒の「くれない太鼓」のパフォーマンスで幕を開け、倉敷市長、玉島商工会議所会頭らがあいさつ。羽黒神社宮司による「御霊(みたま)抜き」と「解体工事安全祈願」が執り行われた。閉会後は、会に集まった住民ら約200人が色とりどりのチョークを手に、水門と橋にお別れのメッセージを書きつづった。

 「解体は年内」とされているが、それに伴う作業は近日中にも始められるという。解体後は公園を整備する予定。

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